シーズン2エピソード7「噂の男、ジェシー」の冒頭、ハイゼンベルクの歌を歌うメキシカーンなバンドが出てきますが、メキシコには実際に麻薬組織のことを歌った「ナルココリード」という音楽が存在します。
ハイゼンベルクのバラッドを歌うロス・クアテス・デ・シナロアのみなさん
ナルココリードは、メキシコの民族音楽「コリード(Corrido)」の一種です。コリードは、テンガロン・ハットに派手な衣装でキメたバンドが「ノルテーニョ」と呼ばれる陽気なリズムに合わせて歌う「語り歌」で、元々は、主にメキシコ北部でTVやラジオが普及していなかった時代に歴史や物語・事件などを人々に伝えるメディアの役割を担っていたようです。ところが、この地域で麻薬組織が力を持つようになると次第にナルコ(Narco = 麻薬組織や売人、麻薬そのものを指す)に関する歌が盛んに歌われるようになり、これを「ナルココリード(Narcocorrido)」と呼ぶようになったそうです。
元々ニュース・メディアとしての性格が強いコリードなので、歌そのものには麻薬や犯罪を奨励する意図はなく、どこのボスがこういう取引を成功させた、どこどこの売人が失敗して殺された…などなど、事件・事実をそのまま歌っているものが多いようです。ただ、ナルココリードが一般的になると、成功した麻薬組織のトップはお金を出して自分の歌を作らせるようになり、自分の歌があること=ステータスとなっていきます。こうなるとどうしても歌の内容が「麻薬組織賛美」になってしまうため、歌手が敵対する組織に睨まれて殺されてしまうこともあるそうです。
このため本国メキシコではTVやラジオでナルココリードを流すことが禁止されていますが、今でも人気のバンドはワールド・ツアーを行ったりしていて、アメリカやメキシコでもCDがよく売れているようです。
「ブレイキング・バッド」でハイゼンベルクのバラッド「Negro Y Azul」を歌ったロス・クアテス・デ・シナロア(Los Cuates de Sinaloa)は、実在するコリード・バンドです。
Puro Sierreno Bravo – Los Cuates de Sinaloa via Amazon
バントの主要メンバー、ガブリエル(Gabriel Berrelleza)とそのいとこマルチニアーノ(Martiniano Berrelleza Alvarado)は、歌手としての成功を夢見て14歳で故郷のシナロア州(麻薬組織の拠点)バイニリャを出たそうです。米アリゾナ州フェニックスでツアーをしながら自主製作でレコードを発売、5年後の2006年にはソニーと契約し、一躍人気グループになりました。アルバム「Puro Sierreno Bravo」がビルボードでラテン・アルバムのトップに輝いたことも。
のちに甥のベト(Beto Barrelleza)もメンバーに加わり、政界の汚職や麻薬取引、国境の解放などについて歌っていますが、自由に意見を言いすぎではないかと仲間に心配されることもあるとか(実際に親しいミュージシャンが殺されたこともあるそうです…)。
「ブレイキング・バッド」を製作・放映した米AMCのサイトに、ロス・クアテス・デ・シナロアのインタビューがありました。これによると、やはり「ナルココリード」は犯罪賛美の歌ではない、としながらも、メキシコでは警察が機能していない上に政府が人々に与えないものを麻薬組織が与えてくれるため、英雄視される傾向が強いという現実を語っています。
フィクションかつ外国人のドラッグ王、ハイゼンベルクについて歌ってくれという依頼を受けた時は、今までやったことのないことではあったけれど、アイデアがとても気に入ったと言っています。また、作詞にあたっては実在の人物について書く時と同様「人々が彼について何と言っているかを報告」し、それについてコメントをつける…という形で書いていったそうです。
歌のタイトル「Negro Y Azul」は「黒と青」という意味。
Breaking Bad Wikiaによると、黒はハイゼンベルクの黒い帽子と黒いジャケットで、青は彼の製品である「ブルー・メス」を指すようです。また、一般的に「black and blue」というと、殴られたときにできる青黒いあざのことを意味します。
「ブレイキング・バッド」のサウンドトラック「Ost: Breaking Bad」に収録されている「Negro Y Azul」はTV放映版より長めで、クレイジーエイトやトゥコのことも歌っています。完全版の歌詞はBreaking Bad Wikiaでどうぞ(スペイン語 & 英語)。
Heisenberg Song Breaking Bad(English Subs) | Youtube ※以前「完全版」の動画があったんですが、削除されてしまったようです。