【最終話】ウォルターは何故ジェシーにもらった時計を置いていったのか

最終話「フェリーナ」で遂にアルバカーキに戻ったウォルターは、ジェシーからもらった時計を公衆電話の上に置いていってしまいます。何故こんなことをしたんでしょうか?

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長いことニューハンプシャーの山奥に隠れていたウォルター。ジュニアの言葉にショックを受けて一度は出頭を考えますが、TV番組に出演していたシュワルツ夫妻を観て考えを変え、アルバカーキに戻ってきます。公衆電話である人物に電話した後、ウォルターはその電話の上に、ジェシーから誕生日プレゼントとしてもらった時計を置いていってしまいます。何故なのか?

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製作者のヴィンス・ギリガンが、最終話放映後の「Talking Bad」(「ブレイキング・バッド」のエピソードについて語るトーク番組)で語ったところによると、このシーンは主に以前撮影したシーンとの連続性の問題を解消するため追加されたようです。

ギリガン曰く「僕らは(最終話より)かなり前にシーズン5エピソード1のティーザーシーンを撮影していた。ウォルターがデニーズにいて、ベーコンで『52』を作るシーンだね。その時ウォルターは時計をしてないんだ。
その(ティーザーを撮影をした)後、僕らはジェシーとの楽しいシーンを思いついた。ウォルターの51歳の誕生日に、ジェシーがウォルターにカッコいい時計をあげて、その後彼はずっとそれを身に着けてるんだ。(最終話制作の前に)それに気付いて『ああー、これはちゃんとしとかないと』って」。※毎度の超訳すいません

実際S5E1のティーザーを観ると、ウォルターは長袖の上着を着たままなので「袖に隠れてるだけ」と言えないこともないんですが、例えば上の写真のシーンでは、さすがに時計してたら見える…かな…?

そもそもこんな細かいところに気づく人はあんまりいないと思うんですが、海外の「ブレイキング・バッド」の熱心なファンはツッコミが細かすぎて恐ろしいほどなので、ギリガンもそういうコアなファンの期待に応えてちゃんと「辻褄合わせ」をしたんだと思います。

ただ、辻褄合わせではあるものの、物語上の整合性もちゃんと取れているようです。「彼はずーっとそれを身に着けていたんだけど、自分が終わりに向かってると知ってた。電話を切って、時計を目にして、気付いた。今となっては敵になってしまった男、これをくれた男のことを思い出し、もう必要ないと思ったんだね。だから外して、置いていったんだ」

Comments コメント

4件のコメントがあります。読む

  1. Anonymous MC 2018/2/10 21:53

    こんにちは。とある経路でブレイキングバッドを知りツタヤで一気見、最近はスカパーの放送で味を再び噛み締めるように視聴しています。
    管理人さんのサイトに出会えたからこそ、このドラマの素晴らしさがより引き立ち、より深められたと本当に深く感謝しております。

    さて本題ですが、この時計を置くシーンに関して、再放送を見ていて気付いたことがあるので投稿欄を使ってみました。
    私は英語が分かりませんし、ファンの方とも全く交流はないので、管理人さんは既に把握済みの指摘になってしまうかもしれませんが、その場合はご容赦ください…

    シーズン5#4終盤にて、ウォルターの誕生日会で策を講じたあとのスカイラーにウォルターは以下のように言い放ちます。
    ウォルター)このプレゼントをくれた男は、私を殺そうとした。昔ではない。彼はここに銃を突きつけ、殺すと脅した。だが、そんな彼も変わった。君も変わるさ。※吹き替え版

    のちに、ウォルターは「ジェシーは自分だけしかを殺す標的にしていない」と解釈し、ジェシー殺害をトッド達へ依頼します。
    そしてもうひとつ、ウォルターは家族であるハンクにも銃を突き付けられることになります。
    「自首はしない」というプライドを手放し、自らが降参する道を呆気なく選びました。
    万策尽きたというシーンは今までも何度かあったものの、冷徹に徹することで乗り切ってきたハイゼンベルクの凋落がここから始まった感じがしました。
    ここら怒涛の局面は、ウォルター自身の矛盾というか、様々な対比というか、欺瞞というか。翻って、社会や道徳観への訴えというか…。悲しくも心地よく、感慨深いなんとも言えないシーンが続きますよね…。

    では、高級な贈り物の時計をなぜ外したのか
    ①周囲の変化を合理的だと思っていた自分の過ちに気付き、その象徴である時計を破棄した
    ②家族同然のジェシー(依頼する際にも彼のためを思って殺す、苦しまないようにと注文をつけています)は最後まで殺すつもりで、ハンクに対してはすぐ手を引いた自分の思考に矛盾を感じた。もしくは、DEAの身内がいるのにメスを製造するという行為自体が、どんな理由であれ肯定されるものではなく、ハンクへの銃弾の引き金だったことに気付いた=自分の方にこそ家族の資格はないと感じて、時計を外した
    ③物語後半「汚れた金だ」と言い放ったジェシーに散々正当性を主張していたウォルター、ジェシーの人生と精神を狂わせてしまった挙句奴隷にさせてしまった贖罪として、“ジェシーから”受け取った、“高級”な“贈り物”の所有権を放棄した

    いずれにせよ、この行為は自分のエゴ、過ちの修正であり、家族への回帰の瞬間だと思うんです。
    犠牲にしていた、代償に失った家族を取り戻すため、命(逮捕されることも=死)やプライドを捨て、エルパソへと向かう…と。

    もちろん、偶然によって生まれたシーンと言われればそれまでで、深い意味はないのかもしれませんが、今の私にはウォルターは過去の自分の否定したくて、時計を外さずにはいられなかったんだ、というように映りました。

    さて、反論があるなら弁護士を呼びます。ベターコールソウル!
    駄文、失礼しました。今後とも陰ながら応援しております笑

    • Anonymous BBFJ(管理人) 2018/11/9 09:53

      承認がとんでもなく遅くなってしまい大変申し訳ありません。

      コメント、とても興味深く読ませていただきました。なるほどなるほどーーー!ってなってます。
      そうなんですよ、偶然、製作の都合上そうせざるを得なかったとしても、やはり何らかの意味は込められているんじゃないかなーと思ったり。
      エゴの修正と家族との別れ、ありそうですね。コメントを読ませていただいてまたフェリーナを観たくなりました(何十回目w)
      ありがとうございます!

  2. Anonymous W.W 2016/11/10 18:11

    とても興味深い、面白いサイトですね。色々な疑問が解決しました。ありがとうございます。
    この時計を置くシーンも何てことはないけど、印象的な場面でした。時計とともに、かつての友情も捨ててしまうような寂しい気持ちが伝わってきました。

    • Anonymous BBFJ(管理人) 2016/11/12 16:22

      W.Wさん、嬉しいコメントありがとうございますー!
      私も初めて観た時このシーンで「ええー!置いていくの…(´;ω;`)」て悲しくなりましたが、調べてみたらこんな事情もあったみたいです。
      「ブレイキング・バッド」の、何気ないシーンにも意味があって何度観ても新しい発見があるとこが好きです。
      これからもトリビアちまちま書いていくので是非またよってやってくださいねー

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